「あー……今日も暑ぃなー」
北見は独りごちながら空を見上げた。
どこまでも広がる青色に所々白い雲が浮かんでいて、夏だなーと思う
あまりの暑さに外に出るのも躊躇われるが、食材を買いに行かなくてはならない
「あー、今日の夕飯どーすっかなー」
もう一回言って、スーパーへの道を歩いていく
――暑いからこそガッツリにするか……それともサッパリにするか……
そんなことを考えながら、最近作った夕食を思い出す
ここのところ暑さであまり食欲もなく、サッパリしたものが続いていた気がする
――昨日も達也、遅かったしな……ちょっとスタミナつけた方がいいかもな
「取り敢えず豚肉と……ニンニクあたりもちょっと入れるか」
呟きつつ、食材をかごに入れる
レジで会計を済ませて外に出ると、真夏の太陽が容赦なく照りつけている
「はー……暑いなー」
言っても仕方ないと解ってても、つい口に出てしまう
――こんな時達也は、「暑いですね」と口にしながらも、きっと涼しい顔をしている
だいたい、達也があまり暑そうな顔をしているのを見たことがない気がする
走っている最中も、あまりエアコンの利かない状態にも関わらず平気な顔をしているのを見て驚いたことがある
勿論、興奮はしているだろう、頬は赤く染まってたりはするのだが
――オレ1人だけ暑がって上をはだけてたりするしなぁ……
「いや……」
そこでふと思い出す
――アノ時は結構暑そうにしてるよな……
蒸気した頬
真っ赤に染まる唇
黒い綺麗な瞳がオレを見て
そして熱い……
そこまで考えて、慌てて打ち消す
――真っ昼間から何考えてんだオレ!!
ついそちらの方に向かった思考を元に戻そうとする
しかし元々ほぼ無意識に歩いていただけの状態だったので、一度向かった思いはなかなか方向転換できない
――そーいやーこんな日に……
無理に別のことを思い出してみた
こんな暑い日に、どちらが言い出したが忘れたが海に行ったことがある
海に行ったからといって、泳ぐとかそんなことは全くしなかったけれど
ただそこら辺をあてもなくフラフラして
夕暮れに差し掛かった海を見る、達也の顔
――すげーキレイだったなぁ……
思わずにやける
男に『キレイ』ってのがほめ言葉になるのかはともかく、赤く染まった達也の横顔は本当に綺麗だった
そう……まるでアノ時のように……
つい見とれていたら急にこっちを向いて
「北見さん……」
と形の良い唇が動いて、顔が近づいてくる
……そして……
――いやだから!!そっちの方考えるのやめろっつーの!!
ただでさえ暑いのに、ますます暑くなってどうする――
自分を叱責する
いや逆に、暑いからこそこんなことばっかり考えてしまうのかもしれない
暑さのせいか、白い靄がかかったように思考がまとまらない
大事な何かを忘れている気もする
――まぁ昨日の夕飯もよく思い出せなかったりするしな
「あー、もぅ年かねぇ……」
わざと爺臭く呟いて、家へと上がり込む
――あーそーいえば……
初めて達也に手料理をごちそうした時のことを思い出した
まぁごちそうっても残り物っつーか食べかけっつーか(笑)
そんなのだったけど凄い喜んでくれた
たまたま達也が訪ねてきた時に遅い夕食をとっていて
で、食事は?って訪ねたらまだだっつーから、こんなので良ければ食うか?って
そしたら達也の顔がパッと輝いて
嬉しいって感情が素直に顔に出ちまったのが恥ずかしいってカンジに頬が染まって
それから遠慮がちに「いいんですか?」なんて聞いてきて
その態度がおかしくってつい笑ったら、不思議そうな顔をしてたっけ
――思えばあの時から……
好き……だったのかもなーとか今更思ってたり(笑)
「こんなことになるなんて、誰が思ったよ?」
食事作って、帰りを待って……
なんか「幸せ」とかゆーとむず痒いからあんまり言わねーけど!!
ちょっとおかしくなって、笑った
少し早いが店を閉め、夕食を作り始める
ニンニクをスライスしてタレを作り、それに肉を漬け込み焼く
それだけだと口がこってりし過ぎてしまうので、キュウリやキャベツなどを梅肉と合わせたものも作る
味噌汁はナスにしてみた
「凄くおいしいです」
そう言って笑う達也の顔を想像しながら、できた料理を並べていく
以前、適当に味付けをしていく自分を見て、よくおいしくできますねと言われたことがある
「まぁ長年のカンってヤツかなー」
なんて笑って
レシピ通りに作ったからといって美味くなるとも限らない、と言ったら、更に不思議そうな顔をしてたから
「車とかもそーだろ?これくらいかなと思って組んでも、思った以上になることもあれば、それ以下の時もある」
そう例えると、やっと「ああ……」と納得した顔で頷いた
それから達也は、「でも……」と言ってから少し間を置いて
「北見さんの作るものが“それ以下”になったことなんか一度もありませんよ」
と笑った
「遅いな……」
作った料理がすっかりさめてしまった
さっきから「先に食べるか」「食べないか」でかなり迷っている
しかしもう約束の時間を過ぎてしまったので、食べる方を選択した
達也の仕事の関係上、急患とかで連絡できないことも多いから、連絡が無くてその時間を過ぎたら先に食べていていいことにしてある
――あんまり食べないままだと、かえって気を使わせるしな……
前にずっと待ってたら、凄く申し訳なさそうな顔をしてひたすら謝られた
何度も謝る達也を見て、こっちも申し訳なくなってしまって
だからそういう約束にした
「先にいただきます」
一応挨拶して箸を取る
それにしても、1人で食べる食事ってホント味気ない
仕方なく口に詰め込んでるだけって感じで
たぶんコレ、凄い御馳走でも全然味しないぞ
だから逆に、達也と食べるものならどんな料理でも美味しいと思う
――あ、前に達也が作ってみたっつートンデモ料理を食べさせられたっけ……
アレは、うま……くはなかったけど、まぁ楽しかったし(笑)
やっぱり2人で食べるのが一番だと思う
前は1人でも結構へーきだったりしたんだが……やっぱり人間、贅沢を知ると元に戻れないな(笑)
外で雷が鳴り始めた
「雷か……」
どうも雷は苦手だ
昔はそうでもなかったんだが、ここ最近は雷が鳴ると心臓がギュっと痛くなる気がする
「これも年のせいかねぇ……」
また爺臭く言ってみる
――今度、「雷怖い」とか言って、達也に抱きついてみようか
どんな顔をするのか、どんな態度を取るのか、考えるだけで楽しい
呆れた顔でもされたら、「つまんねーヤツ」とか言ってやろう(笑)
暫くすると雨音が聞こえて、それが段々と酷くなっていく
「達也、大丈夫かな……」
窓を少しだけ開けて、外を見た
激しい雨で前が見えない
少しの隙間からも雨が入ってくる
――あぁ……あの時も……
また思考が過去に飛ぶ
あの時も酷い雨が降っていた
やはり達也の帰りは遅く
ずっと
ずっと待ってた
朝になっても達也は帰って来ず
それから何度も何度も朝を迎えたけれど
結局、達也はここには帰って来なかった
――あぁ……そうだ……
急に忘れていたことを思い出した
達也はもう……
「あー……今日も暑ぃなー」
何回言ったかしれない言葉を繰り返す。
北見は外に出ようとサンダルを引っかけた。
その横のゴミ箱の中には、誰にも食べられなかった食事が無造作に捨ててある。
何日も溜めてある夕食だったものは、この暑さでいやな臭いを出し始めていた。
「あー、今日の夕飯どーすっかなー」
独りごちながら背伸びをする。
「今日も達也……遅いのかな……」
そう言いながら北見は、いつものスーパーへの道を歩いて行った。